築地の病院総合診療医のブログ

診断推論のケーススタディの備忘録のブログです。(病院や部門を代表したものではなく、個人的な勉強用ブログです。)

原因不明の悪液質

57歳男性、意図しない悪液質
Cryptic Cachexia. N Engl J Med 2020; 383:68-74

https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMcps1817531

 

 

病歴より

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#直腸癌があり人工肛門増設後、

#6ヶ月続く、22.6kgの意図しない体重減少と倦怠感を主訴に来院した

#BMIは23.9から16.6へ減少した

#筋力低下が進行し、日常生活動作にも制限が生じるようになった

#腹部の膨満と下肢の痛みを自覚している

#嘔気、嘔吐、食思不審、関節痛、発熱、咳はない

#人工肛門の便は、柔らかく、茶色の有形性で、血液、粘液、油の便ではない

 

 

追加の問診

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#6年前に血便で見つかった直腸癌(T3N1aM0)で人工肛門増設後

#術前化学療法、体外照射、腹会陰切断術を行った

#定期的な下部消化管内視鏡検査(3年前)、CT検査(9ヶ月前)、CEA測定(6ヶ月前)では異常を認めなかった

#非喫煙者、アルコールや違法薬物なし

#ホームレス、囚人、結核患者との接触なし

#食事の習慣に変化はなし

#独居、メカニックとして働いている、2年以上性的活動なし

#母親が胃癌

# Puerto Ricoに生まれ、19歳でコネチカット州に移住、8ヶ月間にPuerto Ricoを訪れた

#下部腰痛に対しイブプロフェンを内服

#腰痛は元々長年あり、自然発生で痛くなる

#直腸癌の診断後、腰痛は悪くなったが、理学療法にて改善した

 

 

 

身体所見・検査所見より

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# 37℃、血圧 94/60mmHg、心拍数 110回/分、頻呼吸、浅い呼吸

#腕、足、側頭筋の筋肉は痩せほとり、悪液質になっていた

#水平方向の眼振が認められた

#頬粘膜は正常、口角炎や異常な色素沈着はなし

#頸部・腋窩・鼠径リンパ節腫脹なし

#腹部は膨隆し、圧痛なし、shifting dullnessあり、左下腹部に人工肛門あり、肛門はピンクで茶色で有形便あり

#下腿遠位に色素沈着あり、色素沈着の少ない斑があり、浮腫はなかった

#MMTは股関節と肩関節は4/5、上腕二頭筋と膝関節は5/5であった

#WBC 7900(好中球 94%、リンパ球 2.5%)、Hb 9.0、MCV 82.6、RDW 19.9%、Ret 1%、血小板 16.4万、血液像 低色素性、正球性の赤血球と杆状球が見られた

#鉄 19 μg/dL、フェリチン 322 ng/mL、葉酸 20.5 ng/mL

#BUN、Cre、T-Bilは正常

#ALT 84 U/L、AST 82 U/L、ALP 157 U/L

#Alb 1.6g/dL、総蛋白 6.4g/dL、プレアルブミン 7.6 mg/dL

#CEA 1.0 ng/mL

#朝のコルチゾール、チロトロピン、および糖化ヘモグロビン値は正常

#トランスグルタミナーゼIgA抗体検査(セリアック病)、 HIV、A型、B型、C型肝炎ウイルスは陰性

#CRP 86.9 mg/L

#尿検査:微量のタンパク尿、蛋白クレアチニン比 0.9

#腹部と骨盤は大量の腹水、肺・肝臓・脾臓・腸・腎臓に異常を認めない、後腹膜リンパ節腫脹を認める

 

 

 

追加検査より

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#血漿-腹水Alb 0.6g/dL、WBC 47個/mm3、好中球 12個/mm3、リンパ球 10/mm3

#腹水 総合蛋白 4.5g/dL、ADA 24.4U/L、細胞診 陰性

#24時間蓄尿:タンパク質 419mg/日

#便α1アンチトリプシン 1.13mg/g (reference range, <0.50)

#蛋白電気泳動:モノクローナルな増殖なし、フリーライトチェーン比正常

#IgG 2080 (reference range, 768 to 1632) 、IgM 30 (reference range, 35 to 263)、IgA 1360 (reference range,68 to 408)、IgGサブクラス:IgG1 1224 (reference range, 382 to 929) 、IgG4 194.2 (reference range, 3.9 to 86.4)

 

#腹水の抗酸菌染色や結核菌のPCRは陰性

#CTガイド下の後腹膜リンパ節生検では、非壊死性の類上皮肉芽腫、多形性のリンパ球の集団であった

#グラム染色、抗酸菌染色は陰性、悪性細胞やIgG4陽性の形質細胞は陰性

#グロコットメテナミン銀染色 、PAS染色は陰性

#下部消化管内視鏡検査では軽度の活動性腸炎、肉芽腫なし、クリプト膿瘍や異形成なし

#上部消化管内視鏡検査では十二指腸にびまん性の活動性の炎症、上皮内リンパ球の増加なし、腸絨毛の扁平化なし、

#生検部位の抗酸菌染色や結核菌のPCRは陰性

#十二指腸の粘膜固有層に泡状組織球の巣状集合体があり、PAS染色で陽性となった

 

 

 

診断に迫る検査は?

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#PCRではT. whippleiが陽性となった

# PAS染色した試料は棒状構造を示したWhipple’s diseaseに特徴的な所見を認めた

#身体所見を念入りに取ると、咀嚼時に輻輳眼振、咀嚼に伴う眼球のリズミカルな動き(oculomasticatory myorhythmia)を認めた

 

 

 

最終診断:Whipple’s disease

 

転機)セフトリアキソン 2g/日 4週間を開始した。投与2日目に発熱、bandemia、呼吸不全、低血圧を認め、 Jarisch–Herxheimerと考えられた

挿管し、4日後に抜管できたが2週間BiAPが必要となった

セフトリアキソンで1ヶ月治療後、可動性が改善され、腰痛が軽減された

BMIは17.9まで上昇した、眼振は改善した、Alb 2.3g/dL、肝酵素も正常化した、腹水と貧血は持続した

経口コトリモキサゾールを1年間計画し、リハビリを終えた後 Puerto Ricoに帰った

 

 

teaching points

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Whipple’s disease

・至るところにある環境常在菌

・無症状の人の20%のうちの便から検出される、臨床症状は年間100万人に1人の割合でしか発生しない

・症状を発する人は男性が多く、ヨーロッパ系の先祖が典型的にかかりやすい

・ウィップル病は古典的に関節痛、腹痛、下痢を伴う

・症例報告シリーズでは、関節痛と下痢が70-80%で見られ、腹痛は55%

・体重減少(92%)、低アルブミン血症(91%)、貧血(85%)、リンパ節腫脹(60%)も見られ、これらの症状は診断の6-8年前に見られる

・ oculomasticatory myorhythmia(20%)、日焼け黒皮症(40%)、非壊死性肉芽腫のリンパ節(9%)、腹水 (8%)

・50%に中枢神経浸潤が見られる

・脊椎炎による腰痛がまれに見られる

・診断にはPAS陽性マクロファージの組織学的検査、PCR、ウィップル病特異的抗体による免疫組織化学的検査があるが、診断には3つのうち少なくとも2つが陽性になることが必要である

・PAS陽性の泡状マクロファージ(histiocytes)は非特異的、免疫組織化学的検査やPCRは感度、特異度共に高い

・希少性と非特異的な症状や所見が多いため、診断が遅れることが多く、治療をされないままだと致死的

・ blood–brain barrier を通過する抗菌薬の長期投与が必要

・レジメンとしては、14日間のセフトリアキソン(CNS浸潤がある場合、より長期)で加療後、1年のST合剤のメニューがあり、中央値89ヶ月で95%が寛解した

・別の試験では、 ST合剤を1年と3ヶ月で比較した研究があり、治癒率や寛解率には差が見られなかった

・ガイドラインはないが、専門家は治療後6か月と12ヶ月後に十二指腸の生検を推奨している

・もし陽性であれば、代替の抗菌薬治療が必要である

・生涯の再発率は30%と高い

・ ウィップル病の治療を受けた患者は再発の危険性と致命的な結果を認識しておくべきである

 

 

 

振り返り

・知らないと想起できない、体重減少(92%)、低アルブミン血症(91%)、貧血(85%)、リンパ節腫脹(60%)でも想起できるようにならないといけないか・・・

 

 

Next Step

・IgG1、IgG4の比の解釈の見方

・α1アンチトリプシンの解釈

 

 

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