築地の病院総合診療医のブログ

診断推論のケーススタディの備忘録のブログです。(病院や部門を代表したものではなく、個人的な勉強用ブログです。)

大量の嘔吐と下痢、血圧低下

44歳男性、オーストラリア、大量の嘔吐と下痢、血圧低下
A Sickening Tale. N Engl J Med. 2018;379(1):75‐80.
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMcps1716775

 

 

病歴より

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#3日間の大量の嘔吐、非血性の下痢、血圧低下

# pH 7.29、HCO3 17mmol/L、Na 127mmol/L、K 2.5mmol/L、Cl 102 mmol/L、糖 286 mg/dL

 

・急性の下痢や嘔吐は、感染症を考える

・ノロウイルス、ロタウイルス、アデノウイルス、および黄色ブドウ球菌感染症などの細菌感染症

・正常なアニオンギャップを有する代謝性アシドーシスは消化管による喪失と一致している

・糖尿病性ケトアシドーシスを除外する必要がある

 

追加の病歴

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#飲酒はたまに飲む、違法薬物の使用歴はない、

#オーストラリアのノーザンテリトリーの人里離れた土地で一人暮らしをしており、牛、水牛、豚、ワニなどの動物と一緒に働いていた

#クロルピリホス(有機リン酸系殺虫剤)やメツルスルフロンメチル、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)などの除草剤に職業的に暴露していた

#ヒ素系農薬への曝露は知られていなかった

#彼は保護具を着用しておらず、しばしば裸足で歩いていた

#発病の3週間前から踵が乾燥してひび割れており,発症前の2週間はモンスーンの雨の後牛舎を歩いたり,淡水のダムから水を飲んだりしていた

 

・人獣共通感染症、土壌からの感染症、トキシドロームの鑑別の可能性が広げる

・レプトスピラ症(消化器症状)

・ Burkholderia pseudomalleiによるメリオイドーシス(菌血症や腹腔内膿瘍、胃腸症状)

・クロルピリホス(有機リン酸系殺虫剤)は、皮膚から容易に吸収され、呼吸器分泌物の増加、徐脈、低血圧、脱力感、筋痙攣、縮瞳などのコリン作動性トキシドロームを起こす

・メツルスルフロンメチル、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)などの除草剤は、消化管毒性作用があり、経口摂取後にアシドーシスを引き起こすが、経口摂取のエピソードはない

・ヒ素中毒やタリウム中毒は、初期の重度の胃腸を引き起こす

 

 

身体所見・検査所見より

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#発熱なし、血圧75/46 mm Hg、心拍数106回/分

#肺・腹診は異常なし

#瞳孔は径・対光反射正常、

#口腔内病変や過剰分泌物は認められない

#過角化症と深い色素沈着と亀裂が手足に観察された

#神経学的な検査は正常

#心電図では洞性頻脈、 QTcが406s、虚血性変化は認められなかった

#Hb 15.4g/dL、WBC 8000(好中球 80%、リンパ球 10%)、血小板 28.1万、

#Na 128、K 2.6、Cre 3.1、Cl 104、HCO3 17、BUN 72.5、T-Bil 2.2、ALT 61、CRP 67.2、PT 19.8、

#ケトン 0.2 mmol/L、HbA1c 6.1%、尿検査異常なし

 

・明らかなコリン作動性トキシドロームはなし

・除草剤は対症療法となる

・重金属中毒の可能性は高い、血液と尿検査を迅速に検査に提出する

・発熱や炎症反応上昇はないが、感染症も否定できない

・レプトスピラ であれば、急性腎障害、低カリウム血症、低ナトリウム血症、肝機能障害、リンパ球減少を説明できる

・Q熱やリケッチア症も鑑別

 

低血圧をきたしたため、ICU入室

メロペネム、バンコマイシン、ドキシサイクリンを開始

 

#血液・尿培養は陰性

#入院3日目、下痢と嘔吐が改善

#Clostridium difficile、ジアルジアとクリプトスポリジウムは陰性

#HIV陰性

#レプトスピラ 抗体陰性
#B. pseudomalleiに対して1:640の力価があるが、 B. pseudomalleiの咽頭や直腸からの検出はない

#CT:少量の胸水と骨盤内に少量の腹水があるが、浸潤影や膿瘍はない

#心エコーや肝臓の腹部エコーは問題ない

 

・ B. pseudomalleiの既感染を示すが、現在は感染はactiveではない

 

#ICUでは、焦燥感と幻覚によるせん妄が発生した

・せん妄の原因には、 ICU入室、睡眠不足、認識されていない痙攣や原病が重症化している可能性がある

 

#腰椎穿刺ではタンパク質とブドウ糖は正常、培養は陰性

#PCRではヘルペスやエンテロウイルスは陰性

#頭部MRIは正常

#AKIは改善した

 

抗菌薬は7日間の投与で終了した

 

#肝障害が進行、ALT 253、G-GTP 1135

#入院7日目、汎血球減少が急速に進行(Hb 8.1、WBC 1600(好中球 25%、リンパ球 48%)、血小板 5.9万)

#ビタミンB12、葉酸は正常
#フェリチン 1779、

#血液像では正常正色素の赤血球と異形リンパ球、 toxic granulationのある好中球

 

・急速進行性の汎血球減少は、血球貪食症を考慮すべき

・溶血性尿毒症症候群のような血栓性微小血管症の可能性もあるが、白血球が低いことが合わない

・抗菌薬による影響も鑑別

 

#骨髄穿刺では赤血球生成障害(dyserythropoiesis)を示した

#せん妄は治ったが、入院9日目手と足よりピリピリした感覚を自覚した

#位置覚がなかった、振動覚はあった、残りの神経学的検査は異常なし

 

・対称的な長さ依存性の感覚障害は急性多発神経症状を認めた

・ギランバレー症候群も鑑別だが、感覚だけの障害は珍しい

 

 

 

診断は?

 

 

 

診断に迫る検査は?

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#ヒ素 尿から4812μg/L、血液から323 μg/L

#61%の三価ヒ素、 4% の5価砒素酸、 17%のモノメチルアルソン、 16%のジメチルアルセン酸

 

・嘔吐下痢、腎障害、肝炎、せん妄、汎血球減少症、色素沈着、神経障害はヒ素中毒と最もあう

 

最終診断:ヒ素中毒

 

 

5日間、1日3回、10mg/kgで2,3-ジメルカプトコハク酸でキレートを開始した

ヒ素中毒の特徴的な爪の変化(Mees lines)を認めた

キレーション治療3日目に小水疱性発疹が上腕部に発症した、48時間で汎発した(VZVが陽性)

 

・ヒ素中毒とVZV再活性化は報告されている

 


神経症状は、手袋靴下型から、肩や会陰まで感覚障害が広がった

歩いたり立つことができなくなった

経口的にユチオール(ナトリウム2,3-ジメルカプト-1-プロパンスルホン酸)を投与した

尿中のヒ素は少なくなった

退院して4ヶ月で足の位置覚の障害は残るものの、足首足部装具を使用して歩行できるようになった

環境衛生調査が行われ淡水よりヒ素が発見された

ノーザン・テリトリーでは、高レベルのヒ素が金の探鉱地周辺で発見された

 

 

teaching points

ヒ素について

・市販のヒ素は金属強化合金、塗料顔料として使用される

・三酸化ヒ素は急性前骨髄球性白血病とアフリカトリパノソーマ症の治療薬として使用される

・無機ヒ素はアルゼンチン、バングラデシュ、チリ、中国、インド、メキシコと米国では地下水に存在する

 

ヒ素中毒について

・急性のヒ素中毒はまれであり意図的なものであることが多い

・数分から数時間の間に発展し、症状が進行する

・典型的には嘔吐、腹痛と激しい水様下痢などの消化器症状から始まる

・過剰な唾液が出てニンニク臭い息が出る

・せん妄、痙攣、昏睡状態になり、腎機能障害、肝機能障害、ARDS、心機能障害(QTc延長と不整脈)を起こす

・重症ではない場合、胃腸炎が持続し、軽い血圧低下と金属の味がするなど粘膜障害を起こし、咽頭炎の症状と似ている

・初期の症状を乗り切ると、肝炎や汎血球減少を発症する

・ 骨髄抑制は2~3週間で最大となる

・痛みを伴う末梢の神経障害は通常1~3週間で発症する

・慢性中毒の場合、診断はより困難になる

・皮膚症状および末梢神経障害は、消化器症状よりも顕著である

・慢性の暴露は、皮膚がん、膀胱がん、肺がんのリスクが高くなる

 

 

 

振り返り

・ヒ素の明らかな暴露がなくても、淡水などの飲水が原因となりうる

・人獣共通感染症、土壌からの感染症、トキシドロームなど鑑別が広くなる症例だった

 

 

 

Next Step

・赤血球生成障害(dyserythropoiesis)の鑑別は?

 

 

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