転移性胸腺腫に対し化学療法中、下痢、体重減少
29歳男性、転移性胸腺腫に対し化学療法中、下痢、体重減少
Case 31-2015. A 29-Year-Old Man with Thymoma, Diarrhea, and Weight Loss. N Engl J Med. 2015;373(15):1458‐1467.
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMcpc1406663
5年前の病歴より
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#来院5年前に他院で左肩の疼痛の評価の際に胸腺腫の診断を受けた
#胸部X線では、大きな縦隔腫瘤、および左胸水を認めた
#CTでは前縦隔に軟部組織腫瘤があり、頭尾側に10cm、横向きに10.1cm、前後方向に5.0cm、左側に胸膜軟部組織結節、胸水貯留、およびそれに伴う無気腫を認めた
#FDG-PETでは縦隔内の腫瘤と、左胸膜の結節に取り込みを認めた
#頭部MRIでは異常なし
#気管支鏡検査で生検を行った、生検では上皮性腫瘍、厚いヒアリン化繊維で分けられた混合するリンパ球が見られた
#WHO分類、typeB3が混在したtype B2の胸腺腫の診断
#フローサイトメトリーでは未熟なT細胞が胸腺細胞と一致していた
#ヒト絨毛性ゴナドトロピンとαフェトプロテインのレベル は正常。
ドキソルビシン、シスプラチン、ビンクリスチン、および シクロホスファミドを3サイクル投与した後、胸腺摘出術を行った
2年半年前の病歴より
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#乾性咳嗽が数分続き、時々嘔吐や右側胸部痛を伴った
#安静時の呼吸困難はなかった
#左胸膜の針生検も胸腺腫を示した
#がん遺伝子変異は認めなかった
追加の化学療法としてドキソルビシン、シスプラチン、ビンクリスチン、シクロホスファミド、その後スニチニブが投与された。咳嗽の改善がみられた.経過は、数回の発熱と咳嗽(そのうち少なくとも3回は細菌性肺炎と診断された)と繰り返す鵞口瘡を認めた
6ヶ月前の病歴より
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#ベーターイソホルム選択性のホスファチジルイノシトール3キナーゼ阻害剤(PI3K阻害薬) が開始された
#第2, 4サイクルの終わりには、安定(SD)した
今回の病歴より
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#来院4週間前に第5サイクル終了時、一日に10~12回の平均して250mlの水溶性下痢を認めた
#嘔気と嘔吐があった
#ロペラミド、モルヒネ、アトロピン・ジフェノキシラート合剤を使用していた
#腹痛、血便、黒色便はなかった
#来院13日前、腹部と骨盤CTでS状結腸の周壁の肥厚都、直細動脈の突出を認めた、リンパ節転移を示唆する腹腔リンパ節の腫大を認めた、胸部CTでは肺結節や胸膜には変化がなかった
#尿酸値 11.4、第5サイクルで終了となった
#6日後(来院1週間前)、 Clostridium difficile 陰性、便培養の細菌は陰性
1週間後、持続性下痢で来院
#発熱、悪寒、嘔吐のない僅かな嘔気、食欲不振、増悪した倦怠感、持続的な胸壁痛、夜間の頭痛、階段を上るときの呼吸困難、口と手、唇の乾燥があった
#1ヶ月で9kgの体重減少
#内服薬は、アロプリノール、モルヒネ、グアイフェネシン、アトロピン・ジフェノキシラート合剤、塩化カリウム,必要に応じて鎮咳薬としてベンゾナチン酸塩
#アレルギー歴:バンコマイシン、オメプラゾール
#小売店で働いていた
#喫煙や飲酒はしていなかった
#父方の祖父が前立腺癌
身体所見・検査所見より
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#バイタルサインと酸素飽和度は正常
#腹部は軟部、右上腹部に深い触診で軽度の圧痛を認めた、筋性防御や反跳痛はなかった
#残りの身体所見は正常だった
#WBC 9200(好中球 75%、リンパ球 15%、単核球 8%、好酸球 0.2%、好塩基球 0.3%)、Na 131、K 3.2、Cl 109、CO2 14.8、AST 62、ALT 152
#Hb、Plt、 Anion Gap正常、糖、TP、Alb、グロブリン、Mg、UA、P、T-Bil、D-Bil、ALP、LDH、腎機能は正常だった
#サイトメガロウイルスのPCR陰性
鑑別は?
がん患者の下痢という切り口
・フルオロウラシル、イリノテカンのようなフルオロピリジン系では下痢を起こす
・経口のチロシンキナーゼ阻害薬(gefitinib, erlotinib, lapatinib, afatinib)や、マルチキナーゼ阻害薬(sunitinib, sorafenib, imatinib)も、半分の患者は下痢を起こすが、重症な下痢は珍しい
・抗CTLA-4抗体の免疫チェックポイント阻害薬は免疫関連腸炎を起こす(PD-1やPD-L1は下痢の確率は低い)、免疫系に異常があると免疫関連腸炎が起こりやすい
・ホルモン産生腫瘍による下痢も鑑別、膵神経内分泌腫瘍(VIP)、カルチノイド腫瘍(セロトニン分泌)、甲状腺髄様癌(カルシトニン)、しかしこれらは胸腺腫と関連性はない
・感染症も鑑別:CD腸炎は陰性、胸腺腫では免疫不全を合併しやすくIsospora belli、 Giardia lambliaによる日和見感染を合併しやすい
胸腺腫の免疫合併症という切り口
免疫不全と自己免疫疾患の2つにわけて考える
胸腺腫の免疫不全について
・この患者には3回の肺炎や口腔や食道カンジダのエピソードがあり、免疫不全が疑われる
・胸腺腫の免疫不全はDr. Robert Good が1954年に報告し、Good’s syndromeとして知られている
・胸腺腫がある患者のうち6-11%は低ガンマグロブリン血症があり、低ガンマグロブリン血症の3-6%が胸腺腫があることが知られている
・ Good’s syndromeの特徴は、末梢血のB細胞の減少、低ガンマグロブリン血症、CD4低下がある
・ Good’s syndromeでは60%が副鼻腔肺感染症、24%がカンジダ感染症、14%が細菌菌血症、12%が感染性腸炎、10%がサイトメガロウイルスに罹患することが知られている
・ Good’s syndromeの病態生理は明らかにされていないが、骨髄のpre-B細胞の進化の停止と考えられている
胸腺腫の自己免疫疾患について
・免疫関連の血球減少、赤芽球癆、重症筋無力症、スティッフマン症候群(stiff man syndrome:SMS)、 扁平苔癬、尋常性天疱瘡、 自己免疫性腸症などがあげられる
・ Good’s syndromeの半数以上が自己免疫疾患を持っているとされる
・非感染性の下痢もGood’s syndromeの50%が持っていると知られる(自己免疫性腸症)
・自己免疫性腸炎は長く続く水溶性下痢、吸収不良を呈する
・ Good’s syndrome以外には、 IPEX (immune dysregulation,polyendocrinopathy, enteropathy, X-linked)や慢性GVHDなど免疫の調節が障害されている疾患に見られる
診断に迫る検査は?
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・血清免疫グロブリンと末梢血のT細胞のサブセットを測定する
・上部下部内視鏡検査
上部内視鏡検査の生検では、絨毛が短縮し、反応性上皮障害、基底細胞のアポトーシス、杯細胞やPaneth細胞の消失があり慢性十二指腸炎の所見であった
下部内視鏡検査の生検では、反応性上皮障害、顕著な陰窩細胞のアポトーシス、軽度のリンパ球浸潤、および杯細胞の広範な損失を伴う大腸粘膜であった
→自己免疫性腸炎の所見、悪性胸腺腫に関連するGVHDの様な腸炎
CD3+ 403 (正常690-540)
CD4+ 155 (正常419-1590)
CD19+ 42 (正常90-660)
CD8+ 正常
IgG 588 (正常 614-1295)
IgM 31 (正常 53-344)
IgA 正常
→ Good’s syndromeに特徴
貧血が進行したため骨髄穿刺:骨髄は低細胞で成熟した骨髄質前駆体と巨核球はあるが、E-カドヘリンの免疫染色でも赤血球の前駆体はない
最終診断:転移性胸腺腫(type B2, type B3)、Good’s syndrome、自己免疫性腸炎
治療について
進行性、再発性の胸腺腫にどう治療するか?
Eastern Cooperative Oncology Groupの後方的研究ではシスプラチン単剤よりシスプラチンを含む併用レジメンはより高い生存率がある
白金含有レジメンは30%から90%の範囲の全奏効率、15ヶ月から70ヶ月以上の範囲の生存率と幅が広い
この患者では白金含有レジメンを使用したが、再発した
胸腺腫と赤芽球癆の患者でオクトレオチドとプレドニゾンの使用が完全寛解につながった症例報告がある
2つの研究では オクトレオチドとプレドニゾンの反応は 30%と37%の奏効率を示した
またカペシタビンとゲムシタビンの併用療法は、いろいろ治療をしてきた胸腺腫の患者で11ヶ月のPFS(progress free survival)と相関した
胸腺腫は治療標的の遺伝子を持たない
EGFR過剰発現は胸腺腫では少ない(20%以下)
cixutumumab, everolimus, and sunitinibのようなターゲットが幅広い治療薬が良い成績であると報告されている
今回の患者では、ペメトレキセドやゲムシタビンなどの単剤が妥当な選択肢であると考えられる
免疫について
免疫グロブリン補充療法(1回あたり400~600mg/kg)、毎月
抗菌薬や抗真菌薬を使用する
グルココルチコイド、シクロスポリン、アザチオプリン、ミコフェノール酸モフェチル、リツキシマブを含む免疫抑制剤を使用する
自己免疫性腸症は経口ステロイドで60%が改善する
赤芽球癆は経口ステロイドでは30-60%、シクロスポリンでは65-87%が改善する
転機
メチルプレドニゾロンを静脈内投与した、低ガンマグロブリン血症に対して免疫グロブリン(IVIG)を投与した、 3週間ごとに下痢が改善した
メチルプレドニゾロンを減量し、ST合剤の予防投与を開始した
退院し1週間後に咳嗽が増悪し、ノカルジア による空洞結節影肺炎を起こし、 ST合剤とメロペネムで加療開始した
下痢はIVIGで改善したが、数か月後増悪し赤芽球癆に対するプレドニゾンに反応した
5ヶ月後、赤芽球癆も改善した
下痢は再発したが、それほど重症ではなかった
シクロスポリンと月1回のIVIGを受けた
肺炎や鵞口瘡のエピソードが何回か見られたが、仕事を続けることができていた
残念ながら2年後、胸腺腫が増悪し、症状緩和のためのパクリタキセルで治療していたが、神経障害のため中止となった。食思不振と体重減少があり、再び自己免疫性腸症の診断となった。今後は化学療法を施行できず、支持療法となった
振り返り
・長く続く下痢というフレームワークで考え原虫や寄生虫も鑑別だと考えた
・今回の筆者は基礎疾患(悪性腫瘍/胸腺腫)という切り口で鑑別を考えていた
・胸腺腫に慣れていれば、一発診断ができたのだろう
Next Step
・IPEX (immune dysregulation,polyendocrinopathy, enteropathy, X-linked)について
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