築地の病院総合診療医のブログ

診断推論のケーススタディの備忘録のブログです。(病院や部門を代表したものではなく、個人的な勉強用ブログです。)

左脇腹の痛み

24歳男性、アメリカ、左脇腹の疼痛を主訴に来院。

 

When the Past Informs the Present: An Exercise in Clinical Reasoning

J Gen Intern Med. 2020;35(3):922‐927.

https://link.springer.com/article/10.1007%2Fs11606-019-05491-9

 

 

病歴より

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#主訴:左脇腹の痛み

#1週間前、発熱、悪寒、湿性咳嗽が出現

#呼吸困難なし、胸痛なし、喀血なし、血尿なし、排尿障害なし

 

 

・尿管結石や筋骨格系の痛みも鑑別

・胸椎の神経根症状も鑑別

・脾梗塞や脾のうっ血も鑑別

・左下葉の肺炎も鑑別

・大動脈瘤破裂や副腎出血は見逃せない

 

 

 

 

#2年前、右顔面神経麻痺、右上下肢筋力低下、失語症を認め、左中大脳動脈の梗塞、右下肢にDVT、PE、血小板減少、微小血管障害性溶血を認めた

#ADAMTS13の低下がありTTPと診断され、血漿交換、ステロイド、抗凝固薬で治療し症状は良くなったが、右側の軽度の筋力低下を認めた。

#6ヶ月で抗凝固薬を終了し、痙攣の予防のためにlevetiracetamの内服を始めた

#血液や自己免疫の家族歴なし

#違法薬物、喫煙、飲酒なし

 

 

・TTPのトリガーの半数は、感染(HIVなど)、自己免疫疾患(SLE)、妊娠を占める

・以前の診断で精査されていないTTPの原因を精査することも重要

 

 

身体所見より

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#体温 38.1℃ 心拍数は91回/分、血圧143/86、呼吸数18、酸素飽和度97%(RA)

#頸静脈正常、心音正常、肝硬変の所見なし、

#左下葉にcrackleあり、

#軽度の圧痕性浮腫が脛骨にあり
#CVA巧打痛や皮疹はない
#腹部は軟、圧痛なし、肝・脾腫大なし

#右上下肢筋力低下は以前と変わらない

 

 

 

・主に全身性の下腿浮腫の原因は、心臓、肝臓、腎臓の問題で生じるため、腎臓の可能性が高まる

・稀だが、下大静脈の血栓が下腿浮腫を起こすことがある

・肺炎も疑われるが、罹患期間から結核や特発性器質化肺炎も鑑別

 

 

検査所見より

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#WBC 4400 (好中球68%、リンパ球17%)、Hb 10.7、MCV 78、血小板 26.8 万、中毒性顆粒のある好中球、破砕のない小赤血球

#フェリチン 426、Cre 2.9、AST 41、ALT 41、TBil 0.4、ALP 178、Alb 2.5、TP 6.6、CK 558、LDH 228、コレステロール 146、

#PT-INR、APTT正常、
#呼吸器ウイルスパネル正常

#尿沈渣:蛋白 3+、RBC 2+、WBC 27/HPF

#尿タンパク/Cre 4

#左下葉の不透明、左胸水
#左下葉ではair bronchogramを認める浸潤影、軽度の脾臓腫大

 

 

・ネフローゼ症候群、原発性(巣状分節性糸球体硬化症、膜性腎症、微小変化型)、二次性(感染症(HIVなど)、自己免疫疾患(SLE)、悪性腫瘍(例、結腸癌)、薬物(NSAIDs)、およびアミロイドーシス)

・AKIの原因はネフローゼ症候群でない可能性が高い

・膿尿は尿路感染症または間質性腎炎(HIV関連腎症など) 

・肺炎が考えられ、抗菌薬が必要である

・肺炎以外にはびまん性肺胞出血が鑑別である

・ネフローゼ症候群の免疫グロブリンとアンチトロンビンIIIの消耗は、それぞれ免疫不全と高凝固性になる可能性がある

・ANCA関連血管炎や抗糸球体基底膜疾患は肺腎症候群を併発する

 

セフトリアキソンとアジスロマイシンで治療を受け、発熱、脇腹の痛みと咳が改善、クレアチニンは2mg/dLに減少、 24時間尿蛋白は10,176mg

腎生検を行った

 

2日後、咳と発熱、呼吸困難で再診

再び診察

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#血液と喀痰の培養は陰性であった

#体温は39.2℃、心拍数132 bpm、血圧160/82 mmHg、呼吸数 22回の呼吸数、酸素飽和度 2Lの酸素で95%、努力呼吸あり

#左下肢の呼吸音が低下

#心血管系の診察は正常

 

#Hb 10.4、WBC 14,700(好中球が83%、リンパ球が10%)、血小板 35.9万、クレアチニンは2.4mg/dL、ESR 114、CRP 17、トロポニンI 0.06 ng/mL、LDH 353、HIV抗体陰性、HCV、HBV陰性

#血液塗抹では白血球増多、破砕赤血球なし

#単純CT:左上葉、右下葉に斑状の浸潤影、左胸水増加、左下葉、左上葉が無気肺、軽度の右胸水

 

・抗菌薬に反応しない経過から、SLEや他の肺腎症候群をきたす疾患(ANCA、GBM)による肺胞出血や肺炎を考える

・貧血、腎障害、LDH上昇あり、TTPも鑑別だが、破砕赤血球ないこと、血小板正常が合わない

 

 

 

追加検査より

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#脱毛や皮疹、関節炎、心膜炎、口内炎の病歴はなし
#抗核抗体陽性 ≧1:640 (斑紋型)

#C3, C4は正常

#RF、抗dsDNA抗体、抗ミトコンドリア抗体陰性

#抗RNP抗体陰性 、抗Smith抗体陰性 (誤植?)

#腎生検:毛細血管内および毛細血管外での増殖、フィブリノイド壊死、フィブリン血栓を伴う巣状の増殖性糸球体腎炎、膜性腎症の所見

#免疫蛍光顕微鏡:毛細血管壁に沿った免疫沈着とメサンギウム、および局所的な顆粒状の管状基底膜の染色、電子顕微鏡では、膜性腎症に特徴的な上皮下層の電子密度の高い沈着物が観察

 

 

・抗核抗体陽性、抗Smith抗体陽性(誤植?)、増殖性糸球体腎炎、膜性腎症ではSLEを考える

・自己免疫性漿膜炎が胸水貯留の原因になる

・肺実質の障害はびまん性肺胞出血や急性間質性肺炎を起こす

・血栓症のリスクにもなるため、PEの可能性を考える

 

 

バンコマイシン、セフェピム、アジスロマイシンで加療開始

#胸腔ドレナージ:RBC 8500、WBC 1094(リンパ球優位)、pH 7.41、Glucose 99、LDH 751U/L、Protein 4g/dL

(血清総蛋白 5.9g/dL)

 

・滲出性胸水の所見

・グラム染色と糖より膿胸は否定的

・PEでは血性胸水や呼吸困難を説明できる

・抗リン脂質抗体症候群も鑑別となる

 

 

#抗酸菌は陰性

#呼吸困難、発熱、低酸素血症は継続した

#造影CT:右中葉、下葉に血栓、右下葉の浸潤影増強、左胸水は減少、左腎静脈に血栓

#ループスアンチコアグラント、抗β2グリコプロテイン抗体、抗リン脂質抗体は陰性

 

・これらの所見はSLEと合致する

・TTPのエピソードはSLEの前兆だったのかもしれない

 

 

最終診断:全身性エリテマトーデス (SLE)

 

 

転機

ヘパリン、プレドニゾロン、ミコフェノール酸モフェチル、ヒドロキシクロロキンで加療開始

胸水は減少し、胸腔ドレーンは抜去出来た

左腎静脈血栓はIVRで取り除いた

頻脈、発熱、低酸素血症は数日以内に改善した

9日後、Cre 2.9から1.7へ改善

2週間後、腎機能は正常に改善した

 

・今回の症例は過去のTTPに着目して診断を進めることが出来た

・TTPの最初のエピソードの間に、SLEの20%が見つかる

・特発性のTTPと診断された人の10%が後日、自己免疫疾患が見つかる

 

 

Teaching points

・ネフローゼ症候群は蛋白尿(24時間で3.5g/dL以上)、末梢性浮腫、高脂血症、および低アルブミン血症(3g/dL未満)を特徴とする

・膜性腎症の二次性の原因に、SLE、HBV、薬剤性がある

・ TTPの最初のエピソードの間に、SLEの20%が見つかる、また特発性のTTPと診断された人の10%が後日、自己免疫疾患が見つかる

・SLEとネフローゼ症候群による過凝固が、肺動脈塞栓や腎静脈血栓をきたしたと考えられる

 

 

振り返り

・通常はもう少し早い段階で胸腔穿刺をしただろう(片側胸水なら尚更)、リンパ球優位の滲出性胸水は結核やSLEが鑑別

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・SLEらしい身体所見の記載がなかったことも目眩しになった

・抗dsDNA抗体陰性、補体正常は目眩しだった

 

Next Step

・SLEは非常に奥が深い疾患であるため、要勉強である

 

 

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