築地の病院総合診療医のブログ

診断推論のケーススタディの備忘録のブログです。(病院や部門を代表したものではなく、個人的な勉強用ブログです。)

繰り返す腹痛、血便

89歳男性、アメリカ、繰り返す腹痛、血便を主訴に来院。

Case 8-2020: An 89-Year-Old Man with Recurrent Abdominal Pain and Bloody Stools. N Engl J Med. 2020;382(11):1042‐1052.

https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMcpc1913476

 

1回目の入院より

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#2年前に右鼠径ヘルニアの手術を受けた
#その後、右下腹部に間欠的な痛みを自覚

#4ヶ月前、排便前の失神を伴う、びまん性の腹痛を自覚
#両側の下腹部に圧痛があり、胸骨左縁に漸増漸減性収縮期雑音(Levine 2/6)を聴取
#血液検査

Hb 11.7、WBC 10140(好中球 72.8%、リンパ球 17.9%、単核球 4.4%、好酸球 4.1%、好中球杆状球 0.6%)、血小板 15.2万、BUN 35、Cre 1.56、Alb 3.8

#腹部と骨盤のCT検査で、下行結腸とs状結腸の憩室症があり、遠位下行結腸に限局性の出血と壁の肥厚が認められた

#大動脈と大動脈枝に動脈硬化性変化を認め,下腎動脈に36mmの瘤を認めた

#胆嚢と総胆管に小さな放射線不透過性結石を認めた

 

緩くて血の混じっていない便を伴う便通が数回あり、腹痛は改善した。

シプロフロキサシンとメトロニダゾールの経験的経口投与 が処方され、入院3日目に退院した。

 

 2ヶ月後、3週間の進行性の血便と、睡眠を妨げるほどの痙攣性のびまん性腹痛があり、再入院となった。

 

2回目の入院より

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#排便前の腹痛が最も悪く、1日5回生じた

#排便中の血液量が増加した

#発熱なし、食思不審なし、嘔気嘔吐なし

#身体所見では下腹部に圧痛を認め、直腸診では赤褐色の便があり、便潜血は陽性であった
#血液検査

Hb 8.8、WBC 5590(好中球 52.3%、リンパ球 27.5%、単核球 10.4%、好酸球 8.9%、好中球杆状球 0.7%)、血小板 10.2万、BUN 27、Cre 1.32、Alb 3.6

2単位輸血した

アスピリン中止、便培養を提出

#腹部骨盤造影CT:直腸・S状結腸の長く続く円周性の壁肥厚と憩室炎を伴わない遠位下行結腸の憩室症

 

シプロフロキサシンとメトロニダゾールの経験的経口投与 が処方され、入院2日目にCD腸炎トキシンが陽性になったためシプロフロキサシン中止とした

 

入院3日目、腹部症状が続き、1日4・5回血液と粘液便がでた
メトロニダゾールを中止し、バンコマイシンを経口投与した

入院6日目、排便回数が1日2回に減り、2週間のバンコマイシン投与し退院とした

 

退院して2週間後、1日4-6回に排便が増え、腹痛の伴わない血性の排便であった

 

 

3回目の入院より

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#身体所見では両側下腹部に圧痛あり
#グアイアック陽性、CDは陰性

#便の細菌培養では正常な腸内細菌のみ

Hb 11.3、WBC 8030(好中球 78.2%、リンパ球 17.4%、単核球 2.6%、好酸球 0.9%、好中球杆状球 0%)、血小板 12.9万、BUN 31、Cre 1.79、Alb 3.5

#入院5日目、下部消化管内視鏡検査では、

S状結腸にびまん性の出血、紅斑、うっ血、侵食性、易出血性の粘膜を認めた

自然に出血し、仮性ポリープを認めた

#生検では、表面の侵食のある、好中球による陰窩の炎症、陰窩の減少があり

著名な活動性の慢性大腸炎の所見を認めた

#蜜になったリンパ形質細胞の粘膜固有層の浸潤あり

#免疫染色にてCMV小体を認めた

ガンシクロビルで加療を開始

治療後4日間は、排便の回数は変わらなかった、血性の排便回数は減った

#間欠的な食思不審、痙攣のある下腹部痛が出現した

ガンシクロビルをバラガンシクロビルに変更した

変更後の6日間、排便が1日5回から2回に減少し、食思不審、下腹部痛は改善し

患者はリハビリ施設へ退院した

 

2週間後、患者は持続的な、緩い、黄色の便臭のある排便を認めた

1週間後血便が再発し、翌週に血便の頻度が増加し、当院に再入院した

 

4回目の入院より

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#食思不審、3kgの体重減少、左下腹部痛、全身の脱力の訴えあり

#発熱なし、他の部位の出血なし、泌尿器、心肺、筋骨格系、皮膚に症状なし

#リハビリ施設では消化器症状のある入所者との接触はなかった

#病歴は冠動脈疾患、中等度の大動脈狭窄、高血圧、左室肥大、慢性腎不全、緑内障、甲状腺結節が特徴的であり、大動脈冠動脈バイパスグラフト術を受けていた。

#常用薬:バルガンシクロビル、シンバスタチン、コレカルシフェロール、ミルタザピン、マルチビタミン剤、ラタノプロスト点眼薬、ロペラミドとジフェノキシル酸塩、アトロピンであった、常用薬による有害事象はなかった

#軍人を退役後

#渡航歴なし、喫煙は30年前、飲酒や違法薬物はなし

#家族歴:母親は冠動脈疾患を患っている、彼の父親は脳卒中を患っている

#感染症や自己免疫疾患の家族歴はなし

#体温36.1℃、心拍数 89回、血圧117/58 mmHg、SpO2 98%

#虚弱老人で、口腔粘膜が乾燥、歯が失われている、喉頭咽頭は問題なし

#胸骨左縁に漸増漸減性収縮期雑音(Levine 2/6)を聴取

#右下腹部に限局する圧痛あり、腸管拡張なし、反跳痛なし、筋性防御なし、臓器腫大なし

#直腸診では少数の外痔核あり、亀裂や腫瘤はなし、わずかに直腸の緊張が緩い、便潜血は陽性、粘液の便が付着

#末梢動脈は触知できる、皮疹はない

#その他の所見は正常

#電解質、乳酸、ビリルビン、アミラーゼ、リパーゼ、トロポニンT、肝機能検査は正常、Hb 9.4、WBC 9670(好中球 76%、リンパ球 15%、単核球 2.7%、好酸球 0.9%、好中球杆状球 8.8%)、血小板 10.3万、BUN 36、Cre 1.32、Alb 2.3、CRP 263、ESR 117、IgG 1092、IgA 565、IgM 12、Mタンパクなし

#CDトキシン、シガトキシン陰性

#寄生虫の虫体や虫卵は陰性
#Entamoeba histolytica抗体陰性

#造影CT:びまん性の腸壁肥厚と直腸および大腸全体の炎症性変化

#石灰化したアテローム性動脈硬化、壁面血栓を伴37mmの下腎腹部大動脈瘤

 

経口バンコマイシンによる治療とガンシクロビルの静脈内投与を開始

2時間~3時間ごとに血便がでる

 

#入院2日目、下部消化管内視鏡検査にて、S状結腸と直腸に、紅斑、浮腫、易出血性の重度の腸の炎症と深部潰瘍を認めた

#病理では、直腸とS状結腸に、表面潰瘍化や蜜になったリンパ形質細胞による固有層の置換があり、重症の活動性慢性大腸炎を認めた、小血管にコレステロール塞栓は少なかった

#CMV、HSV1-2、アデノウイルスは陰性

 

鑑別は?

 

 

慢性炎症性下痢の鑑別 (NEJMの解説より)

感染性

・最も鑑別にあがりやすい

・何ヶ月も下痢が続くことは説明が難しい

CD腸炎

・3回目の入院は、CD腸炎の再発で説明できるか?

・ CD腸炎の再発で偽膜の形成は典型的ではないため、偽膜がないからと言って否定できない

・血便、深部潰瘍、発熱や白血球上昇がないことはCD腸炎と合わない

寄生虫感染

histolytica(赤痢アメーバ)

・亜急性

・血便が数週間から数ヶ月続く

・CF所見ではびまん性の炎症、易出血性、潰瘍があり、潰瘍性大腸炎の所見と似ている

・血清学的陰性が合わない

・上行結腸から症状が始まることが多い点が合わない

・skipやspareされている場所があることが多い点が合わない

Strongyloides stercoralis (糞線虫)

・潰瘍性大腸炎の所見と似ている

・2回目の入院では好酸球が軽度上昇

・慢性期の感染では好酸球が上昇する(急性期では上昇しない)

・大腸を微小穿孔すると、杆状球が出現することがある

・上行結腸から症状が始まることが多い点が合わない

・skipやspareされている場所があることが多い点が合わない

 

悪性腫瘍

大腸癌、悪性リンパ腫

・内視鏡所見から否定的

形質細胞の異常増殖疾患、消化管アミロイドーシス

・慢性的な血性下痢を起こす

・アミロイドーシスに関連する他の所見(心不全、神経、蛋白尿)がない点が合わない

・組織学的所見がない点が合わない

虚血性疾患

大腸虚血は急性の血性下痢をきたすが、今回のケースと合わない

血管リスクがあるため、動脈硬化によるコレステロールの多発塞栓の可能性も否定できないが、皮膚や腎臓にその所見がないこと、直腸は血管支配が異なるため通常はスペアされる点が合わない

炎症性疾患

S状結腸憩室炎

・直腸がスペアされるはず、大腸全体に炎症が波及している点が合わない

潰瘍性大腸炎

・内視鏡検査では易出血性と深部潰瘍がみられる

・組織学的検査にて構造物の乱れと形質細胞の浸潤がみられる

・CD腸炎はIBDによく関連し、増悪の原因になりやすい

・CMVもIBDでよく認める

・潰瘍性大腸炎でステロイド治療を受ける患者にCMVの再活性化がよくみられる

・ CD腸炎とCMVが共感染した可能性が考えられる

・好酸球が初期では増加し、杆状球が病期が進行するとみられる

・古典的には免疫グロブリンが増加すると言われているが、最近の研究では高齢者ではIgMが低下することが報告されている

・動脈血栓のリスクがあると言われている

 

 

診断に迫る検査は?

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再度下部消化管内視鏡検査で組織検査:陰窩膿瘍を認めた

 

 

最終診断:潰瘍性大腸炎

 

 

・感染性腸炎と炎症性腸疾患は組織学的所見が似ているが、陰窩膿瘍は潰瘍性大腸炎を示唆する

・初発は若年成人に生じるが、65歳以上の高齢者は、新しく診断がついた人の15%を占め、特に入院が必要な患者の多くを占める

・高齢者では感染や虚血、悪性腫瘍の確率も高くなるため、潰瘍性大腸炎をより疑わなければ診断できない

・高齢者では診断から1年以内に手術になりやすいという意見もある

・急性の重症な潰瘍性大腸炎は、診断から14ヶ月で1/3が入院してステロイドが必要となる

・ステロイド投与は1/3では効果がなく、インフリキシマブやシクロスポリンが必要となる(治療開始して3-5日目に判断することが好まれる)

・手術を遅らせることは予後が悪い

・高齢者では感染症のリスクが高いが、若年者より、プラセボと比較した免疫抑制によるリスクは高くない。

・CMVの存在が、潰瘍性大腸炎の病原性に重要な役割を果たしている可能性が示唆される

・ステロイドが効かない1/3の急性の潰瘍性大腸炎は、CMV腸炎を合併していた

・病理組織が重要であり、血液でのCMVの検出はCMV腸炎の感度、特異度は高くない

 

患者の転機

ステロイドの治療を開始し、バンコマイシンとガンシクロビルを中止した。

血便が改善せず、食思不審やADL低下があった。

手術には耐えられないと判断し、インフリキシマブを投与した。

しかし、誤嚥性肺炎を発症し、状況が悪くなった。

緩和的治療となり、入院中に亡くなられた。

 

振り返り

・年齢から炎症性腸疾患の可能性を低く見積もってしまっていた

・かなり珍しいが、腸管ベーチェット様症状を呈するトリソミーMDSも、高齢者の血便、消耗性疾患として鑑別となる

 ・慢性炎症性下痢では、膠原病、SLE、シェーグレン、顕微鏡的多発血管炎も鑑別か?

 

Next Step

・慢性下痢の鑑別はこちら

分泌性下痢
<便浸透圧Gap<50mOsm/kg>
<絶食で不変>
・過敏性腸症候群
・ホルモン産生腫瘍(ガスとリノーマ、VIP、カルチノイド)
・microscopic colitis
・内分泌疾患(甲状腺機能亢進)
 
 
 
 
炎症性下痢
<しぶり腹>
<発熱>
<便中白血球>
 
炎症性腸疾患
・Crohn病
・潰瘍性大腸炎
悪性腫瘍
・大腸ガン
・リンパ腫
浸透圧性下痢
<便浸透圧Gap>125mOsm/kg>
<絶食で改善>
 
・炭水化物吸収不全(乳頭、フルクトース)
 
・糖アルコール(キシリトール、ソルビトール)
アミロイドーシス
脂肪性下痢
<油っぽい便>
<ズダンⅢ染色>
<絶食で改善>
・セリアック病
・Whipple病
・膵外分泌機能不全
・胃バイパス術後
・リンパ障害(うっ血性心不全)
・ジアルジア症
膠原病
SLE
シェーグレン
顕微鏡的多発血管炎
感染症
CD腸炎
細菌性腸炎
寄生虫
ウイルス性腸炎(CMV, EBV)
結核
 
 
薬剤性 浸透圧、分泌性、動かす系、吸収不良、偽膜性腸炎
 

Am Fam Physician 84;1119-1126,2011.

 

 

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