築地の病院総合診療医のブログ

診断推論のケーススタディの備忘録のブログです。(病院や部門を代表したものではなく、個人的な勉強用ブログです。)

進行する感覚低下、痺れ

38歳女性、アメリカ、3週間、進行する感覚低下、痺れを主訴に来院。

Hindsight is 20/20.J Hosp Med. 2020;15(2):e1‐e5.

journalofhospitalmedicine.com

 

病歴より

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#3週間の進行する感覚低下、痺れ

#手から始まり、足も始まった

#感覚低下、痺れは、両下肢から胸まで広がり、臀部はスペアされている

#左下肢の筋力低下の自覚がある

#発熱、悪寒、体重減少、排尿症状、嘔気、嘔吐や下痢なし

 

#既往:病的肥満、ドライアイ、うつ、鉄剤を静脈注射で補充している鉄欠乏性貧血,過多月経

#7年前に胃バンド留置術、5年後に嚥下障害、嘔気嘔吐、GERD、慢性腹痛のため抜去した

#duloxetine、 loratadine、pregabalin、鉄剤、点眼薬

#夫と性的活動あり

#飲酒は時々、喫煙なし、違法薬物なし

 

#体温は36.6℃で、血圧132/84mmHg、心拍数85回/分、BMI 39.5

#心臓、肺、皮膚の身体所見は正常
#腹部は軟、びまん性に圧痛あり、筋性防御や反跳痛なし

#脳神経Ⅱ〜Ⅶは正常
#認知、筋力、位置覚、深部腱反射、触覚は正常、歩行正常、ロンベルグ試験陰性

 

鑑別は?

・長さ依存性の末梢神経障害ではなさそう

・頸髄に病変がありそう

・胃のバリア手術はビタミンEやビタミンB12、銅、鉄が欠乏することがある

・ただし、上記は胃のバンディング手術にはあまり起こらない

・彼女の原因不明な慢性腹痛、鉄欠乏性貧血は、celiac病を考える

・ただし、体重が大きい、下痢がないことは、Crohn病やCeliac病の可能性を下げる

・鉛中毒は腹痛や神経症状を起こす

 

 

検査初見より

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#基礎代謝パネル正常
#WBC 5710, Hb 12.2, MCV 85.2, 血小板 27.9万, フェリチン 18, 鉄 28, TIBC 364,

#ビタミンB12 621(正常), TSH 1.87(正常), CRP 1.0, ESR 33,

#電解質、肝臓は正常
#HCV, HIV 陰性

 

鑑別は?

・コバラミン欠乏症ではビタミンB12が正常で誤認されることがあるが、メチルマロニル酸の測定で

欠乏しているかどうか評価をする

・炎症マーカーは非特異的だが、炎症疾患が腹部や神経症状を起こす可能性を下げる

 

 

3ヶ月の経過観察で麻痺は改善され、両側下肢に限局された

#左上肢の感覚障害を感じる45分間のエピソードがあった

#筋力と反射は正常

#足から膝まで、手から手首までの針での痛み刺激が低下

#両側下肢で振動覚が低下

#HbA1c 6.2%、メチルマロニル酸 69(正常)

#Borrelia burgdorferi、 Treponema pallidumの抗体は陰性

 

 

鑑別は?

・脊髄症は末梢神経障害のmimicとなる

・一過性の上肢の感覚障害は頸椎症も鑑別となる

・原因不明の腹痛は、腹壁を支配する神経障害を呈する可能性がある

・脊髄症、神経根症、末梢神経障害が鑑別

 

 

 

診断に迫る検査は?

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・神経伝導検査

・MRI

・腰椎穿刺

 

 

マルチビタミンを内服すると、症状が改善した

 

#1ヶ月後、眼球運動時に左側頭部痛、左眼の頭痛を自覚した。

#左目の視力低下を自覚した。

#光恐怖症、フラッシャー、浮動はない

#左目の視力が20/25

#両眼の眼球運動は正常

#右の瞳孔反射は正常

#左目のRed desaturation、相対的求心性瞳孔反射が消失

#眼底鏡検査では、左視神経乳頭浮腫あり

#左上肢の筋力低下、右の指鼻指試験が拙劣

#筋緊張、筋力、反射は正常

 

 

診断は?

・視神経障害の鑑別は、虚血、代謝、中毒、圧迫と多岐にわたる(2020/5/19を参照)

・眼痛や色別低下は、感染(トレポネーマ、ボレリア)、自己免疫(SLE、シェーグレン)、CNSの脱髄などの視神経炎を想定する

・脱髄疾患の可能性が高い

・MSとNMOを鑑別にあげる

・MSでは50%以上が視神経炎を起こす

・NMOの70%が抗アクアポリン4抗体を有している、MSと鑑別できる

・NMOと似ている疾患に、抗MOG抗体がある

 

 

#抗dsDNA抗体、SSA、SSBは陰性
#C3 162、C4 38 (正常)

#TSPOT陰性

・SLEやシェーグレン症候群の可能性はほとんどない

・TSPOTは活動性結核の診断の感度と特異度には限界がある

 

 

 

追加検査

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#光干渉断層撮影で左視神経乳頭浮腫あり
#頭部造影MRIでは、錐体後面、右中小脳台頭、前左側頭葉、両側の脳室周囲白質、両側の前頭葉の皮質下白質、左視神経の信号異常と増強を伴う髄質に異常な信号強度を認めた

# C3、C4、C7、 T4、T5、T7、およびT8に多焦点性の脱髄性病変を認めた

#病変は縦方向に広がってはいなかった

#積極的な脱髄を示唆する造影後の増強は認めなかった

#腰椎穿刺:糖105、蛋白質 26、赤血球 20、白血球 4(好中球 62% 、リンパ球 35%、単核球 3%)

#EBVやHSVのPCRは陰性

#オリゴクローナルIgGバンドが陽性

#アクアポリン-4 IgG抗体とMOG抗体は陰性

 

・MRIでは多数の多焦点白質が大脳、脳幹、脊髄全体に認められた。

・病変の多くは、特定の症状に直接起因するものではないが、いくつかの病変は、以下のような脱力感や失調の微妙な障害と相関していた。

・これらは副腎白質ジストロフィー、サルコイドーシス、ベーチェット病、脳狼瘡、血管炎、原発性中枢神経系炎症性脱髄疾患 でみられる

・NMOやMOGの可能性は下がった

・多発性の中枢神経の脱髄疾患は、MS以外に、可逆性後頭葉白質脳症(PRES)、皮質下梗塞および白質脳症を伴う常染色体優性脳動脈症、成人ポリグルコサン小体病があげられる

・JCウイルスによるPMLも多発性の中枢神経の脱髄疾患を起こす

・急性散在性脳脊髄炎はウイルス感染やワクチン接種後に生じる脱髄疾患で小児に多くみられる

・これらの疾患は急速に進行する点が今回のケースと合わない

 

最終診断は?

多発性硬化症

 

 

解説

・古典的には臨床的発作(症状)と臨床的客観的所見(画像)がMSに合致し、時間的・空間的に多発することで診断されていた

・そのため最初の症状から間隔があいて(時間的に多発)診断されることが多かった

・しかし早期治療により臨床転機が改善されたことから、より早く診断をつけることが推奨され、2017年にMcDnald診断基準が改定された

Lancet Neurol. 2018;17(2):162-173.

 

・(例えば)髄液でオリゴクローナルバンド が陽性、画像から多発する脱髄所見(空間)があれば、時間的に多発しなくても診断可能となった

・しかしそれでも症状が出て診断がつくまで2年かかったり、最初の症状が起きてから3回のイベントが起きて診断された例や、

神経内科の受診まで46ヶ月かかった例が報告されている

・若い女性では診断に遅れが出やすい

・診断エラーが起きやすい併存疾患は、偏頭痛、線維筋痛症、精神疾患、NMO関連疾患である

・ 2017年に診断基準でMSが臨床的に診断しやすくなったが、他の疾患とMSを区別できるわけではない点にも注意が必要(Up To Date)

 

振り返り

・MSで胸痛が生じるケースを以前経験したので、腹部の症状があっても想起診断できた。

・MSの診断基準が2017年に変更になっていたことに気がついていなかった

 

Next Step

・MSと早期診断する場合、NMOとの鑑別で注意する点はあるか?

 

 

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