築地の病院総合診療医のブログ

診断推論のケーススタディの備忘録のブログです。(病院や部門を代表したものではなく、個人的な勉強用ブログです。)

無気力と発語低下

45歳女性、冬、アメリカ、無気力と発語低下を主訴に来院。

 

Case 31-2019: A 45-Year-Old Woman with Headache and Somnolence. N Engl J Med. 2019;381(15):1459‐1470.

 

https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMcpc1904045

 

病歴より

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#主訴:無気力と発語低下

#既往:多発性硬化症、血清陰性炎症性多発関節炎、片頭痛

# 13日以前は通常の健康状態、13日前に激しい頭痛が出現
#痛みは拍動性で、後頭部から眼窩後部、額に放散した

#疼痛の発症は、末梢のぼやけや光の揺らぎなどの視覚前兆があった
#過去の片頭痛と同様の痛み、最後の片頭痛は10年以上前

#普段はアセトアミノフェン・カフェイン療法で軽快する

 

それから5日後(入院8日前)に、他院を受診した

#羞明,吐き気,嘔吐あり

#頭部外傷の既往はなし

#首の痛み,発熱,悪寒,しびれ,しびれ,脱力感,めまいはない

#意識清明、体温は37.1℃、脈拍は101回/分、血圧は147/98mmHg、呼吸数は20回/分、酸素飽和度は99%(RA)

#暗い部屋で目を覆ってベッドに横たわっていた

#項部硬直なし
#左目の眼瞼下垂と縮瞳あり、神経学的検査はそれ以外は正常であった

#Hct、Hb、電解質、血糖、甲状腺の血中濃度は正常

#腎機能および肝機能検査の結果も正常

#頭部CT:急性の頭蓋内病変なし

#頭部MRI:散在性の脱髄斑あり、活動性の脱髄病変なし、静脈洞血栓症や海綿静脈洞血栓症もなし
輸液、オンダンセトロン、ジフェンヒドラミン、メトクロプラミド、硫酸マグネシウム、モルヒネを投与したが頭痛は持続した。ヒドロモルフォン、ケトロラック、メチルプレドニゾロンの静脈内投与を投与したところ、疼痛は適度に軽減した。

患者は帰宅しジクロフェナックとメチルプレドニゾロンの内服を5日間行うように指示された.

 

退院1日後(入院5日前)当院に入院する5日前から頭痛と吐き気が再発し、断続的な嘔吐を伴った。入院4日前には、嗜眠、見当識障害、言語出力の低下がみられた。患者は命令に従うことはできたが,質問に対する口頭での回答は "はい "と "いいえ "に限られていた.発熱、悪寒、胸痛、息切れ、咳、めまい、意識消失、痙攣性動作、失禁、顔面下垂、言葉の乱れはなかった。救急車で他院の救急科に搬送された。

 

身体所見・検査所見より

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#覚醒していたが混乱、体温37.3℃、脈拍110回/分、血圧160/110mmHg、呼吸数18回/分、酸素飽和度96%(RA)

#神経学的検査は前回の検査と変わらず

#電解質、血糖、腎機能および肝機能検査の結果も正常

#尿毒物検査ではカンナビノイドが陽性

#頭部CT変化なし
ケトロラック、ファモチジン、パントプラゾールが投与され他院に入院。

翌朝、 38.0℃までの発熱あり。

#頭部MRI変化なし
#初圧は28cmで,6mlの清澄な脳脊髄液(CSF)

自己免疫性脳症および傍腫瘍性脳症に関連する自己抗体のためのCSFの検査を行った。

培養のために血液、尿、CSFの検体を採取し、患者にはアシクロビル、バンコマイシン、メロペネムを経験的に静脈内投与した。

#同日夜、項部硬直を認めた。

髄液:糖 45、蛋白質 190、透明、RCC 1、有核細胞数 63(好中球 18%、リンパ球 46%、マクロファージ 36%)、

その後3日間、患者の精神状態は一進一退であったが、全体的には持続的に不良であり、39.0℃までの発熱があった。当院の神経内科に転院して受診した。

 

ご主人より問診

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#他院に入院してから言葉の量が増え、質問に対する回答に単語やフレーズが含まれるようになった

#多発性硬化症はリツキシマブによる治療で安定した経過だった

#免疫抑制療法の使用が増加したにもかかわらず、血清陰性の炎症性多発性関節炎は進行していた

# 高血圧、うつ病、不安、およびメラノーマの既往歴

#副鼻腔炎は当院に入院する10週間前に発症し、ドキシサイクリン投与後に消失

#炎症性屈筋腱鞘炎に対し右手首の拡張手根管開放術と根治的屈筋腱鞘切除術

#入院前の投薬は、リツキシマブ、ヒドロキシクロロキン(入院18ヶ月前に開始)、レフルノミド(入院11ヶ月前に開始)、メチルプレドニゾロン(入院18ヶ月前に開始)

#ブタルビタール-アセトアミノフェン-カフェイン配合錠、ジクロフェナク、ハイドロコドン-アセトアミノフェン、吸入アルブテロール、デュロキセチン、ブプロピオン、クエチアピン、トラゾドンド、リシノプリル、ニフェジピン、コレカルシフェロール、葉酸

#ペニシリン、レボフロキサシン、セファロスポリン、およびスルホンアミド含有薬にアレルギー
#夫、3人の学齢期の子供とニューイングランドの郊外在住、犬を飼っている

#夏はマサチューセッツ州のケープコッドで過ごす

#旅行歴なし

# 7年間毎日10本の喫煙、22年前に禁煙
#アルコール適度、違法薬物なし

# 母親は冠動脈疾患、糖尿病、片頭痛、父親は高血圧、糖尿病、心房細動、多発性硬化症

 

 

身体所見より

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#体温は36.3℃、脈拍は90回/分、血圧は106/65mmHg、呼吸数は18回/分、酸素飽和度は98%(RA)

#眼球結膜炎・強膜正常
#瞳孔は対照的、瞳孔欠損なし

#左目の瞬きや睇視あり、眼瞼下垂や顔面下垂なし

#咽頭発赤なし

#軽度の項部硬直あり

#呼吸音清明
#筋緊張と筋力、触覚、反射は正常

#ミオクローヌスなし
#姿勢時振戦あり

#患者は自分の名前を書けと言われると「magical」と書いた。単純な会話はできるが、複雑な会話はできなかった。

 

 

 

 

検査所見より

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#Na 133、電解質、血糖、CK、乳酸は正常

#HIV陰性
#血液、尿、CSFの細菌培養、CSFの自己抗体検査は陰性

髄液:糖 107、蛋白質 572、黄色、RCC 68、有核細胞数 298(好中球 13%、リンパ球 64%、マクロファージ 18%)、キサントクロミー陽性
#頭部造影MRI: T2強調FLAIRでは、側頭葉と後頭葉の溝、右後頭葉の房周囲病変(periatrial region)に高信号を認め、拡散強調画像の焦点と対応していた

 

ドキシサイクリンによる経験的治療を開始し、静脈内アシクロビルとメロペネムの投与を継続した。腰椎穿刺を繰り返し行い、CSF分析の結果を表1に示した。その後2日間、患者の男性の状態は悪いままであった。脳波検査では後方地表にびまん性シータの鈍化が認められたが、てんかん様の活動は認められなかった。翌日、38.6℃までの発熱、言語出力の低下、命令に従う能力の低下がみられた。

 

#造影頭部MRIの再検:新たな水頭症、進行性で広範囲の脳髄膜造影所見、側脳室の脈絡叢と上衣の異常増強が認められた。  T2FLAIR画像では、広範な脳室周辺の高信号が両側大脳半球全体、歯状核内、第4脳室周辺、基底核、両側海馬、脳梁膨大部、拡散制限での領域に対応する脳室周囲の白質等に認められた

 

 

 

鑑別は?

 

 

 

以下、解説

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急性脳髄膜炎の鑑別

 

非感染性

自己免疫性脳症と傍腫瘍性脳症

・上記は検査で陰性(ケースには何を調べたか記載なし)

 

がん性髄膜炎

・メラノーマの既往歴がある

・より長期の経過になる点が合わない

 

片頭痛や片頭痛様症候群

・リンパ性髄膜炎を起こすことがある

・髄膜脳炎への進行がある点が合わない

 

NSAIDsなどによる薬剤性脳炎

・ジクロフェナク使用前より発症していた点が合わない

 

感染性

原生動物

アメーバ性髄膜脳炎

Balamuthia mandrillaris

・免疫健常者にも感染を起こす

・肉芽腫性髄膜脳炎を引き起こし、通常MRIでは単数または複数の増強される肉芽腫性病変が認められる点がこの症例では合わない

Toxoplasma gondii

・すべての免疫抑制患者の脳炎では鑑別に入れる

・非焦点性脳炎を呈する

 

真菌

・亜急性または慢性経過である

地域流行型真菌症endemic mycosis (histoplasmosis, blastomycosis, coccidioidomycosis) 

・真菌症が蔓延している地域への曝露歴や旅行歴がない点が合わない

Cryptococcus neoforman

・メチルプレドニゾロンによる長期治療を受けていることから鑑別に入れる

・クリプトコッカス多糖抗原のCSF検査でこの疾患を除外すべき

 

細菌

・ CSFの所見には通常、好中球増多、糖低値、および蛋白質の上昇がある

Streptococcus pneumoniae

・この患者に投与された抗菌薬レジメンに反応していない点が合わない

Listeria monocytogenes

・生物学的療法を受けている患者におけるリステリア髄膜炎の症例266例のレビューでは、ほとんどの患者(77%)がインフリキシマブによる治療を受けていたが、 4%はこの患者のようにリツキシマブによる治療を受けていた

・患者の23%が細菌性髄膜炎を示す典型的なCSF所見を認めなかった

・メロペネムに反応していない点が合わない(メロペネムでfailureする報告もあるが)

Anaplasma phagocytophilum

A. phagocytophilum は、ヒトの他、ウマやヒツジなどにも感染し、アナプラズマ症を引き起こすことから「人獣共通感染症」病原体としても知られている。http://idsc.nih.go.jp/iasr/27/312/dj312d.html

・ニューイングランドでも起こりうる

・白血球減少症、血小板減少症、または血中アミノトランスフェラーゼ値の上昇がない点が合わない

Spirochete(Treponema pallidum, Borrelia burgdorferi, or B. miyamotoi)

・この患者に投与された抗菌薬レジメンに反応していない点が合わない

Mycobacterium tuberculosis

・患者の免疫不全状態、抗菌薬治療に反応しないこと、MRIの所見に基底性髄膜炎、水頭症、びまん性髄膜炎があることを考慮すると、鑑別すべき重要な疾患である。
・結核性髄膜炎の患者のほとんどは髄液の糖が低く、この患者の入院時の髄液の糖は低くなかった。

 

ウイルス

蚊媒介ウイルス(West Nile virus, St. Louis encephalitis virus, La Crosse virus, and eastern equine encephalitis virus)

・季節が冬である点を考慮すると合わない

ダニ (Tickborne Powassan virus, Ixodes scapularis)

・季節が冬である点を考慮すると可能性は低い

・ダニは一般的に気温が2℃以下になると活動しないが、冬でもダニ媒介性感染症が発生する可能性はある

・ダニは雪が積もらず土の温度が7℃になると血液の宿主を探す、氷点下以上ではIxodes scapularisは活動できる。

ヘルペス (Herpes simplex viruses,Varicellazoster virus )

・アシクロビルに反応していない点が合わない

EBV

・可能性はあるが小脳運動失調や頭蓋神経麻痺がみられる

CMV

・中枢神経障害を起こす可能性はあるが、通常はAIDS患者によくみられる

HHV-6

・免疫抑制患者に生じるが、通常は造血幹細胞移植患者にみられる

インフルエンザウイルス

・急性壊死性脳症などの急性脳症症候群を引き起こす可能性がある

・成人ではまれ

・髄液の細胞数増加は通常起こさない

・呼吸器症状が見られていない点が合わない

JCウイルス

・進行性の多焦点性白脳症を引き起こす

・リツキシマブ投与中の患者でも報告されている

・髄液の細胞数増加は通常起こさない

非ポリオ性エンテロウイルス(例えば、エコーウイルスやコックスサッキーウイルス)

・晩夏から初秋に典型的である

慢性エンテロバイラル髄膜脳炎(Chronic enteroviral meningoencephalitis )

・リツキシマブ治療を受けた患者で報告されるが、通常は低ガンマグロブリン血症を生じるほど長期投与している人に報告される

・非常に稀

アデノウイルス

・免疫不全の患者において、一次感染あるいは全身感染や呼吸器感染の合併症として髄膜炎や髄膜脳炎を引き起こす可能性がある

・髄膜脳炎が重症肺炎の合併症として一般的に起こるため、髄膜脳炎自体は稀な疾患である

 

 

 

 

診断に迫る検査は?

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血液またはCSFのアデノウイルスのポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査:陽性

 

 

 

最終診断:アデノウイルス

 

治療

Cidofovir (5mg/kg)

免疫グロブリン(0.5 mg/kg/day for 5 days)

Brincidofovirも考慮したが、入院12日目に死亡した

 

脳の剖検では、大脳白質、大脳新皮質、海馬錐体層、小脳歯状核に微小グリア性結節を伴う広範な単核炎症を認めた

リンパ球浸潤は、主にCD3+ T細胞で構成され、血管周囲および実質的な分布を有した

電子顕微鏡ではウイルス粒子を認めた

一般剖検では壊死性間質性腎炎と病巣性腸炎を認め、免疫組織化学染色ではアデノウイルスが陽性であった。

 

 

振り返り

・急性脳髄膜炎の鑑別は多岐にわたる

・今回のケースは通常考えるようなウイルス感染の臨床シナリオではない

例えば、咽頭などからアデノウイルスが確認された場合は考慮される

・季節性による鑑別も重要である(特にケースを読むと季節を無視してしまう)

 

 

 

Next Step

・今回多岐にわたる疾患を考え検査を行い除外していたが、アデノウイルスによる脳炎は非特異的であり、最後まで可能性を残さないといけない

・どういうシチュエーションや症候でアデノウイルスによる脳炎を疑うべきか?

→日本では小児に起こっている?

日本での報告例はを参照

 

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