築地の病院総合診療医のブログ

診断推論のケーススタディの備忘録のブログです。(病院や部門を代表したものではなく、個人的な勉強用ブログです。)

視力低下

31歳女性、アメリカ、視力低下を主訴に来院。

Case 21-2019: A 31-Year-Old Woman with Vision Loss

N Engl J Med. 2019 Jul 11;381(2):164-172.

https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMcpc1900597

 

病歴より

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#3週間前より左目の視野がぼやけてきた

#遠方の物体が見えなくなり、メガネが必要になった

#1週間前に左目の視野の中心部に影がかかり、ほとんど左目の視野の中心部が見えなくなった

#左目の周辺の視野は影響を受けなかった

#右目の視野は問題なかった

#左目の視野が悪くなったときに、目に浮遊物が写っていたことを思いだした

#近医の眼底検査では中心視野の視力低下が指摘された。他は問題がなかった

 

 

1回目の検査所見・眼科診察より

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#体温は 36.1℃、脈拍72回/分、血圧118/81mmHg、呼吸数 16回、酸素飽和度99%(RA)、BMI 20.4

#左目に中心暗点を認めた

#視力は 右目が20/30、左目が20/400

#石原カラーテストでは、8/13の色板が右目の視野で正しく識別され、左目では0/13であった

#瞳孔径は等しく、丸く、光に反応するが、相対性求心性瞳孔反応欠損を左目で認めた

#両眼のスリットランプ検査では、結膜、瞼、睫毛、結膜、強膜は正常で、角膜は明瞭であった。前房、虹彩、水晶体、硝子体は両眼とも正常であった

#眼圧は右目18mmHg、左目17mmHgであった。視神経はピンク色で、正常な乳頭陥凹だった。

#眼底の血管は両眼とも正常であった。眼球外運動は両眼とも正常で眼振はなかった。

#頭部造影MRI:T2強調画像では左視神経に軽い霞がかかったような信号の増加があった、視神経を圧迫する腫瘤病変や脳白質病変はなかった

 

 

 

 

 

 

追加問診より

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#3週間前と視力は変わりなく、左目の下に断続的な鈍痛があった

#二重視、眼球運動に伴う痛み、眼球外傷の既往歴はない

#発熱、悪寒、しびれ、しびれ、脱力感はない

#協調運動の欠如、難聴、息切れ、嘔吐、下痢、発疹などの症状はない

#ビタミンDと鉄分の欠乏の既往歴がある

#手術歴、アレルギー歴なし

#ニューイングランドの郊外で一人暮らし

#男性パートナーとの長期的な関係があるが、子供はいない

#たまにお酒を飲む、喫煙なし、違法薬物なし

#最近の旅行歴、虫刺され、ダニ刺されなし

#猫を飼っている

#彼女の祖父は高脂血症、母親には緑内障の既往歴がある。視力障害の家族歴はない

 

 

 

 

 

 

 

血液検査より

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#血球数、腎臓、肝臓、電解質、血糖、ビタミンB12、CRP、甲状腺、ACEは正常

#25-ビタミンD 19

#抗核抗体1:40で陽性

#抗ds-DNA抗体、抗アクアポリン4抗体、抗ミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパク質抗体およびリウマチ因子はいずれも陰性

#ライム病、梅毒、HIVは陰性

 

 

経験的にグルココルチコイドの静脈内投与を行い患者希望で外来フォローとなった。

9日後、左目の鼻側の視野に影がかかるようになった。

 

#2回目の眼科検査では大きな変わりなし

 

 

グルココルチコイドの静脈内投与による3日間の外来で投与し、その後の14日間のテーパリングされたプレドニゾンのコースを処方した

34日後(左目の視力障害が始まって2ヶ月後)、右目の視力障害が始まった

 

 

 

 

3回目の診察

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#グルココルチコイドで治療後、軽度の視力改善があったが短時間で一過性のものであった。

#視力は右目が20/200、左目が20/400

#石原カラーテストでは、コントロールプレートのみが正しく識別され、両眼とも完全な色覚異常を示した。

#瞳孔は軽度の大小不同と相対性求心性瞳孔反応欠損を左目に認めた

#眼のスリットランプ検査は変化なし。

#左視神経円板は蒼白であった,それ以外の両眼の眼底像検査は正常であった.

#葉酸、チアミン、銅のレベルは正常

#抗Ro抗体および抗La抗体は陰性

#頭部、眼窩、頚椎、胸椎の造影MRIを施行した。T2強調画像は、左視神経内に造影効果のある非対称性の信号の増強と、右視神経には異常造影はないが信号の微妙な増強があった

#脳白質病変や脊髄に異常はなかった
#腰椎穿刺:初圧 17cm、グラム染色は中程度の単核細胞を認めた、好中球や細菌は同定されなかった

髄液:糖 84、蛋白質 31、透明、RCC 1、有核細胞数 1(好中球 20%、リンパ球 30%、単核球 50%)、 別スピッツ:1(好中球 0%、リンパ球 80%、単核球 20%)、オリゴクローナルバンド 異常なバンドなし

#細菌培養は陰性、細胞診でも悪性所見なかった

 

 

 

3日間、静脈内グルココルチコイドを投与したが、視力の改善は認められなかった

鑑別は?

 

 

 

 

テーマ:亜急性の両側性視力低下の鑑別

・視力障害の鑑別は、眼の解剖学的問題か視神系の問題

・それらは、対光反射で鑑別

・中心の視野が欠けており、色が見えない症状があるため、視神経障害の鑑別に進む

 

視神経障害(Optic Neuropathy)の鑑別

・経過で鑑別

超急性期:虚血や外傷

慢性: 悪性腫瘍、中毒、ビタミン欠乏

亜急性期

・一グルココルチコイドの反応性、各種抗体、MRI所見等で鑑別

 

 

感染症

ライム病、梅毒、結核、サイトメガロウイルスなど

・孤発する視神経障害よりは神経網膜症などの網膜に関与する

・梅毒、ライム、HIVは陰性であった

 

孤立性視神経炎・視神経炎

・視神経に炎症や脱髄を起こす免疫関連の視神経炎

・眼球運動によって痛みが誘発されることが多い

・孤立して起きることもあるが、一般的には多発性硬化症、視神経脊髄炎、や稀な疾患の前兆として起きる

 

多発性硬化症

・視神経炎による視力低下で診断されることがよくある

・2/3以上の患者では軽度〜中等度の視力低下や色覚異常が起きる

・視力低下が重度であり、グルココルチコイドに反応しない点が合わない

・頭部MRIで頭部に異常がないこと、オリゴクローナルバンド がない点が合わない

 

視神経脊髄炎

・20%の患者が多発性硬化症による視神経炎より重症で、予後が悪くなる、両側性で急速に進行する

・80%以上の患者が視力が20/200より悪化する

・典型的なMRI所見がないこと、感度・特異度の高い抗アクアポリン4抗体が陰性である点が合わない

 

抗ミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパク質(MOG)抗体陽性の視神経炎

・典型的なMRI所見がない点が合わない

・通常、高用量のグルココルチコイドに劇的な改善効果がある

・抗MOG抗体が陰性でも除外はできないが、可能性は低くなる

 

傍腫瘍症候群

・両側性視神経症状が傍腫瘍性症候群の初期症状のことがある

・一般的にはグルココルチコイド治療にあまり反応しない

・他の脳神経や末梢神経障害、自律神経障害、失調症、認知症、または神経筋接合部障害のような他の神経症状が伴うことが多い

 

サルコイドーシス

・全身性の症状のある患者の25%で視力異常がみられる

・ぶどう膜炎が一般的だが、孤立性視神経炎が起きることもある

・他の炎症性とは対照的に、痛みが軽度で進行が遅いことが特徴的である

・ACEが正常であることはサルコイドーシスの可能性を除外できない

・グルココルチコイドは通常視力障害を改善させるが、必ずではない

・通常、MRIでは視神経が拡大、硬膜肥厚、軟膜に造影効果が出る点が合わない

 

レーベル遺伝性視神経症

・痛みを伴わない亜急性の片目の重度の視力低下があり、数週間、数ヶ月後に別の片目の視力低下をきたす

・ミトコンドリア病遺伝で、男性に比較的多い、一般的には15~15歳の間に発生する

・50%の患者は家族歴はなし

・視力が20/200よりも悪くなる

・炎症は関与しないので、グルココルチコイドの投与で改善しない

・MRIでは通常視神経の後部のみが高信号となるが、急性期では視神経に造影効果がでる

・各種抗体が陰性で、グルココルチコイドの投与で改善しない点が合致する

 

 

 

 

診断に迫る検査は?

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遺伝子検査:ミトコンドリアDNAの点変異

 

 

最終診断:レーベル遺伝性視神経症

 

 

レーベル遺伝性視神経症 (Leber’s Hereditary Optic Neuropathy :LHON)

(NEJMより翻訳)

ミトコンドリア遺伝子変異による母系遺伝疾患

遺伝子異常によりNADH 脱水素酵素サブユニットの活性が低下し、ミトコンドリア電子輸送鎖の複合体1の活性低下を引き起こす

95%がm.11778G→A(他は、 m.3460G→Aやm.14484T→C)で、最終的にATP産生の低下につながる

これらの遺伝子の突然変異だけではなく、他の遺伝的修飾因子(ミトコンドリアDNAコピー数、ハプロタイプ、および核内修飾因子)、環境因子(タバコ、アルコール、毒素曝露)、および性ホルモンが、おそらく病態生理に関与している

フリーラジカルの増加、ATP産生量の減少、および酸化還元バランス、最終的には網膜神経節細胞のアポトーシスと視神経変性を生じる

眼球外の症状には、MRIでの白質の変化、脱力感、感覚喪失、乳酸アシドーシス、または他の一般的なミトコンドリア病の症状が出現し、LHON plusと呼ばれる。

(今回の患者には、眼球外の症状は認められなかった。)

 

治療

FDAで承認されている薬物治療はなし

コエンザイムQ10の誘導体であるイデベノンが、ヨーロッパで承認され使用されており、今後の薬物治療の選択肢になりうる

遺伝子治療も将来の治療となる可能性があるが、臨床試験のデータには乏しい

 

 

 

振り返り

・視神経炎を起こす疾患というカテゴリーを覚えると、鑑別診断が広がる

・レーベル遺伝性視神経症は神経内科より眼科がよくみる疾患?

・SLEやシェーグレン症候群、ANCAも視神経炎の鑑別に上がる 

・眼科的な疾患の想定が難しかった 

・視神経炎を疑った際は専門医に送った方が良い

参考診療

・球後視神経炎では眼底に異常を認めない 

 

Next step

・レーベル遺伝性視神経症の疾患頻度は?

→日本でもみる可能性がある、こちらより

 

 

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