発熱、咳嗽、呼吸困難
24歳男性、米国東部の地域(在住)、発熱、咳嗽、呼吸困難を主訴に来院。
Case 12-2020: A 24-Year-Old Man with Fever, Cough, and Dyspnea.
N Engl J Med. 2020 Apr 16;382(16):1544-1553.
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMcpc1916256
病歴より
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#5日前より疲労、倦怠感、咳嗽、呼吸困難が出現
#陶器色の痰が出現
#3日前に嘔気、嘔吐、食思不振、下痢で救急外来を受診
#胸部X線では異常なし
ウイルス性感染と診断し、帰宅
翌日、症状が増悪し、持続的な嘔気嘔吐のため飲水飲食ができなくなった。
階段を一段も登ることができないほど、胸痛、呼吸困難が急激に出現した。
#36.5度、血圧 105/66、心拍数 73回、呼吸数 35回、SpO2 88% (nasal 2L)
#全身状態は悪く、聴診では上部と下部の呼吸音が低下
#呼気に散在するwheezeを聴取
#WBC 21800(好中球45%、band 23%)、血小板 6万、Cre 1.37、lactate 3.5、
#インフルエンザA、B、RSVは陰性
#胸部X線では両側にびまん性の網状結節性の間質性陰影を認めた
バンコマイシン、セフトリアキソン、ドキシサイクリン、メチルプレドニゾロンの点滴を行った。3時間後、SpO2 80% (O2 6L)になりBiPAPを開始し、当院へ転院。
転院後の検査所見より
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#胸部CTでは両側にすりガラス影、葉間中膜の肥厚、少量の両側の胸水を認めた。
気管挿管され、ノルエピネフリン、プロポフォールとヒドロモルフォンを投与した。
#WBC 16040 (好中球 12350, リンパ球 1120, 好酸球 160, 骨髄球 1604), Hb 16.5, 血小板 7.3万, PT-INR 1.1, APTT 36.9, D-dimer 2243, フィブリノゲン 341
#Na 136, K 5.4, Cl 104, CO2 20, AG 12, BUN 14, Cre 0.92, Glu 142, Ca 7.4, Mg 1.8, P 2.4, TP 5.2, Alb 2.3, ALT 23, AST 42, ALP 32, 乳酸 3.3, LDH 656, ハプトグロブリン 208, CRP 43.7, ESR 5
両親へ追加問診
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#9日前に北ニューイングランドにキャンプに行った。
#頭に噛んでいない状態のマダニを認めたが、噛まれたかどうかはわからなかった。蚊には多く刺された。
#mid-Atlantic coast(ニューヨーク、ニュージャージー、ペンシルベニア、デラウェア、およびメリーランドを含む米国東部の地域)に住んでおり、カビが生えたトレーラーの中に猫を飼っていた
#彼はダートバイク、ハイキング、ボート、ラフティング、そして淡水で泳ぐなどのアウトドアを楽しんでいた。
#彼は大工仕事をしていた。
#2週間前にネズミに噛まれたが、治療を受けなかった。
#慢性的な腰痛があった
#常用薬やアレルギーはなかった
#13年喫煙しており、1年前に禁煙した
#ここ1年電子タバコを吸っていた。毎日のように市販のマリファナを吸っていた。
#両親、兄弟は健康。彼の祖父は消化器の悪性腫瘍があった。
身体所見・検査所見より
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#36.3度、血圧 98/57、心拍数 78回、SpO2 99%(人工呼吸管理:PEEP 12、TV 500ml、FiO2 1.0、呼吸数15回)
#瞳孔は対照的で反応性がある
#聴診は清明
#皮疹なし
#残りの身体所見は正常
#レジオネラ、肺炎球菌の尿中抗原は陰性
#アデノウイルス、メタニューモウイルス、パラインフルエンザ陰性
#HIV陰性
#尿検査正常
#経胸壁心臓超音波検査:左室のびまん性壁運動低下、EF 45%
#髄液:蛋白 31、糖 93、細胞数 1、グラム染色では単核球を少数認めた
#気管支鏡検査では、びまん性の紅斑と炎症が気道に見られた。散在性の粘膜下の点状出血と出血があり、分泌物が左肺で優位だった。
#気管支肺胞洗浄液は、透明黄色で検体は培養に出された。また管支肺胞洗浄液の検体は、血小板減少時に見られる、感染か炎症性変化であり非特異的であった。
バンコマイシン、セフトリアキソン、ドキシサイクリンを継続し、ゲンタマイシン、フロセミドを開始した。
鑑別診断は?
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・電子タバコ関連肺障害
・市中肺炎
・レプトスピラ
・野兎病
・肺ペスト
・ハンタウイルス肺症候群
診断にせまる検査は?
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・Sin Nombre virusに対する血清学的検査 (IgM, IgG):陽性
最終診断は?
ハンタウイルス肺症候群
治療:ARDSの管理を行い、挿管3日目に抜管でき生存退院できた
teaching points
以下、NEJMの解説より簡単に翻訳
電子タバコ関連肺障害
2019年8月より急速に報告
・びまん性両側肺浸潤影が見られる
・動脈酸素飽和度の低下は突然というよりは急速
・典型的には心筋障害の報告はなし
市中肺炎
・上記の症状を細菌性、非定型、ウイルス性肺炎で起こりうる可能性はある
・浸潤影がないため今回のプレゼンテーションは典型的な細菌性肺炎ではない
・Klebsiella肺炎を起こすリスクはない
・非定型肺炎としても経過が急激である
・endemic fungiの流行地域ではない、Blastomyces dermatitidisやHistoplasma capsulatum
でも肺に陰影が起きるが亜急性な経過である
レプトスピラ症 (NIIDによる解説はこちら)
・アメリカの複数の州で報告、淡水の暴露がリスクである
・この患者の経過は二峰性ではない点が合わない(発熱、悪寒、頭痛、筋肉痛、嘔気嘔吐、結膜充血の急性期症状が1週間続き、
無症状が3-4日続き、その後蛋白尿、激しい頭痛、肺浸潤影が生じる)
・尿検査で異常がない、結膜充血がない、肺胞出血がない点が合わない
野兎病(Tularemia): Francisella tularensis:GNR (NIIDによる解説はこちら)
・ Francisella tularensisは野生の様々な脊椎動物に感染するが、一般的にはウサギと関連づけられている
・リンパ節腫脹(潰瘍リンパ節型など)、チフス型、肺炎型など3つの異なる臨床病型がある
・肺炎型ではエアロゾルの吸入で発症する
・潜伏期間は3-5日間と非常に短い
・突然のインフルエンザ症状と発症するが、心肺機能の低下は滅多にない
・この症例では潜伏期間が長い点とウサギとの接触がない点が合わない
肺ペスト(Pneumonic plague) Yersinia pestis:グラム陰性球菌 (NIIDによる解説はこちら)
・ペストは、腺ペスト、敗血症型ペスト、肺ペストと3つの臨床病型がある
・突然の発熱、呼吸障害、胸膜炎性胸痛などが生じる
・桿状好中球増多を伴う白血球増多、血小板減少が生じる
・潜伏期間は数時間から数日
・この症例では潜伏期間が長い点が合わない
ハンタウイルス肺症候群(Hantavirus cardiopulmonary syndrome) (Sin Nombre Virus) (NIIDによる解説はこちら)
・出血性腎症候群、心肺症候群の2つの臨床病型がある
・心肺症候群は1993年にニューメキシコとアリゾナの間で原因不明のARDSがoutbreakして報告された
・ネズミが自然宿主であり、糞便、尿、唾液、噛まれたりして感染する
・潜伏期間は2-4週間、前駆症状(発熱、筋肉痛、頭痛、腹痛、嘔気嘔吐)が3-5日続く
・桿状好中球増多を伴う白血球増多、血小板減少が生じる
・前駆症状後に非膿性の痰を伴う咳嗽、呼吸困難、心筋障害が生じる
振り返り
・人獣共通感染症の可能性を想起できたが、その存在や典型的な臨床病型を知らないと鑑別が思いつかなかった
・人獣共通感染症は土地ごとの疫学を学ぶ必要がある
Next Step
・ネズミに噛まれた際の対応は?
・今回のプレゼンテーションでライム病は鑑別診断の順位にどれくらい寄与したか?(ケースでは記載なし)
・蚊媒介感染症で心肺障害が起こりうる感染症はあるか?(ケースでは記載なし)
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